2011年12月27日

78分の43

タロットカード制作は、引き続き「5」シリーズで、ワンドの5

火のエレメントも描かないとね。
これまで制作してきたカードを、タロット部のHPつくってくれているあかりさんがエレメント別に分けるコーナーをつくってくれていてます。
http://tarot-bu.jimdo.com/
それをみると、完成してゆくタロットのエレメント比が、自分のホロスコープのエレメント比と比例していることがばれてました。
自分の窓を通してしか世界をいることはできないので、森羅万象を示すカードの中で自分に近いものから絵にできるのはあたりまえのこと。
自分の中で認識しにくいカードを乗り越えることはできるのかなーと思ったけど、人間は一人で生きているわけではないから、そういう元素が強い人の窓を通じて世界を覗けばいいだけのことなのかなーと思います。

自分は、MCが獅子座なのに、火の元素は牡羊座土星しかないので、熱源を持った人が好きで、射手座とか牡羊座とか獅子座の人と一緒にいると楽です。
先日のタロット部合宿が、わたしは異様に楽しくて、なんであんなに楽しかったんだろうって不思議なくらいでしたが、それは、参加者のライツやアセンに獅子座や射手座が多かったというのも絶対にあるはず。

家の裏にあったちょっとした公園くらいの敷地面積のあるお屋敷の解体工事が始まり、重機が次々に入ってきて、あまりにも魅惑的な光景なので、ワンドのイメージが完全に重機のアームたちのイメージと重なってます。ほんとうは、ワンドにはもっとナチュラルな意味合いが内包されていて、「棒」である意味というのはちゃんとあるはずなんだけど、私にはナチュラルなものは描きにくいみたい。木々とか草花描くモチベーションが皆無すぎて無理。なぜなら、私のような泥臭い画風で、生物を描くと、海外のでかめの宗教的なカード絵みたいになるんだもん。エンジェルカード的などうしようもなく垢抜けない画風。
まぁ、「萌え」がないと全く筆が動かないのは、この世の摂理なので、成るようにしか成らないです。
進むか進まないか、やるかやらないかの違いだけ。

wands5.jpg
posted by emi at 11:40| Comment(0) | タロットカード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月19日

78分の42

タロットカード制作は、小アルカナの5シリーズで、ペンタクルスの5。

カップやコインのような女性エレメントのスートでは、放出の数である5は、カップが倒れて中の水がこぼれたり、ポケットに穴が開いててそこからコインが落ちて貧乏になってゆくような作用がある。
だからといって、それは悲しいことかというと、放出される水には恋愛に不可欠な心を与えて飢えるという経験があったし、コインにも失うものがない純真さや可能性さがあるのだと思われる。

このカードで描かれているのは、行き場所のない女子らが、コンビニの前でたむろしている様子。
彼女たちの家には、母親が再婚した年の近い義理の父がいて、いつも酔っ払ってるしエロい目でみられるし、居場所など無いのだ。
ポケットにお金は少ししか入っていないが、今は一緒に居てくれる友達はなんとかいる。
どこにも居場所がないから、せめて、友達と同じ服装で、同じメイクで、同じ髪型にしておけば寂しくない。

コンビニの前にたどり着くまでには、両親共働きで帰宅が遅いので、20時くらいまではいられる友達の部屋という居場所もあったかもしれないが、これから夜が更けて、補導されるような時間になったら、また移動しなければならない。
寒くて寂しいけど、野良猫みたいに自由で、たぶん好きな異性もいる。
この子たちは、自分を大切にする方法を誰にも教わっていないから、援交だってするし、誰にでもついてゆくけど、純真な心は誰のものにもならない。夫や家族に飼われて寄生主を逆恨みしながらイライラ暮らしている主婦やお嬢様よりもずっと純真な心で人に恋焦がれるのだ。
だから、シンデレラになれる可能性だって飼い猫たちよりもずっと大きいはずだ。

coin5.jpg

ライダーウェイト版では、雪の夜教会にも入れない女性たちが描かれているが、あれは道義心からも外れた存在であることの比喩だが、この子たちは、ふしだらでバカだと世間から思われている。
posted by emi at 22:26| Comment(3) | タロットカード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月05日

78分の41

タロットカード制作。
小アルカナ、カップの5ですー。

はぁ・・・。一体何日ブランクがあったことやら。
やっとこさ、復活です。

カップの5は、心を扱うスートの中でもとくにエモーショナルで、がっかり感とか傷ついた感じとかを表しているカード。
5は、数の上では放出されるエネルギー。
なので、コインやカップのように、女性的な性質を持ったスートにとっては、守っていたものを「失う」という認識に。
5には、表現とか遊びとか、恋愛的なエネルギーも含まれているので、恋をしたときの心理状態もカップの5。

水の性質が強まると、ウレシハズカシウキウキ恋愛が、なぜか涙にくれて過ごす「恋煩い」という認識になる。
「泣くくらいだったら、別れちまえよ!」と、まわりは言うけれど、本人はそこに居たいというのだから、涙に惑わされてはならないのです。

波打ち際に、小さなお堀をつくって、その中に小魚や貝殻を入れて、ネチネチ遊んでいた子どもは、魚が瀕死なことに気が付いて傷ついています。自分で捕まえて、自分で囲っておいて、「かわいそう」と言いながら魚たちを助けようとする。
恋愛ってそんなもんなのかも。
勝手にせぃ。

cup5.jpg

というわけで、カップのカードは、ソードのカードのように、マーカーでベタ塗りというわけにはいかず、厚塗りでこてこてべたべた塗った上に、輪郭線も入れませんでした。ぼやっとしててほしい。

posted by emi at 14:15| Comment(0) | タロットカード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする