2011年03月15日

選択

余震に怯えながら、ずっとラバーズのカードをかいてました。

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危機に瀕したときは特に、一瞬一瞬が判断と決断の連続。
自分が選んだ一つ一つの道が今の自分で、一瞬前の自分はパラレルワールドの彼方にいる別人という実感が強いですね。

最初の揺れがあったとき、私はお風呂に入ってました。

もう何十年も、地震や生き埋めや津波を恐れながら暮らしてきました。
地震がきたとき、どう行動すればいいか、詳細に渡って自分の中で何度も何度も予行演習するのが趣味のような子供でした。
ビルの谷間を歩くときは、ガラスが落ちてくることを想定し、橋を渡るたびに、車の窓を全開にしながら橋が落ちることを想定してました。いつ何時も。人類が滅亡しても、たった一人で生き残るくらいの勢いで妄想するのが癖でした。

そんな、わたしが、千葉県北西部では震度6だったという第一波の4,5分の間、ただひたすら、パンツをはくことにだけに集中していたなんて。
濡れた身体のまま服を着ることがあんなに難しいことだったとは。
全身全霊の力の限り、知恵の限りを総動員しながら、パンツをはいてました。
やっとの思いでスタートラインに立ったときには、もう最初のゆれは止まってました。
スーパーマンなのに、恋人のロイスを救えなかったときみたいに。

15時に風呂に入ろうという私の選択は、確定申告の書類を船橋税務署に持って行こうとしていたから選ばれた道。書類自体はずっと前に仕上げていたので、11日以前にも何度か持ってゆく機会はあった。それでも、あの日のあの時間に風呂に入るという選択にいたるには、いくつもの運命の別れ道があったのです。

何年にも渡るシュミレーションを実践できなかったことは残念だけど、風呂に入っていたというのは、タイミング的にそんなに悪いことでもなく、たとえば、電車の中であのゆれを向かえること、高速道路上で迎えることに比べるとずっとよかった。

どの選択がどの道へと我々を導くのか、それを決めるのは、選択しているその瞬間の自分のあり方やエネルギーの種類の積み重ねだと感じます。
何度も何度も選ぶこと、何度も何度も後に置いてゆくこと、そんな風にして生きているんですよね。

最近息子によく、「人生に集中しなさい。丁寧に生きなさい。最善を尽くしなさい。」と言います。それは息子がよくグレるからです。42歳になったおばさんでも、グレることはしょっちゅうある。私も丁寧に生きようと思います。グレた状態で何かを選び取ってもろくな道へと連れて行かれないから。
posted by emi at 02:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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